過去の日誌12/19〜31 
なお、リンクは新規アップロード直後の物なので切れていたり変更されていたりすることがあります。ご了承ください。

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コンコースに戻ります


12月19日
0830尿意で目が覚めた(逝)

朝食後にプチ轟沈(逝)1時間くらいで浮上した。

Zippoのハンディウォーマーの試運転。バーナーを交換した。後1個。使用頻度からして来年は交換せずに行けそうだから単純に計算すれば3年後に交換バーナーが必要になるか。

モニタのラックのサイズをメジャーで計測する。まあ、今入ってるラックから旧モニタが取り出せないことも考えられるが(逝)アングルを組んだ自作ラックなのでそういうおまぬけが発生するのである。

1320出撃。ちょっと遅れてしまった。

梅田に1400前に到着し、TOHOシネマ梅田へ。午前中は結構空きがあったように思われるスペースバトルシップヤマトは盛況のようだ。それでも中央ブロックの席が確保出来た。一人だと身軽でいいなあ(多分強がりである(逝))
しかしオンラインで空席が押さえられるなら500円高くても通常購入もありだよな。

で、昼食
昼食はピッコロでカレー。

で、スペースバトルシップヤマト。

まあまあおもしろかった。実写ヤッターマンが意外にも原作世界を見事に再現したことが駅長的に高評価である理由なら、ヤマトは原作の世界観を正しく理解して物語を再構築した、とでも言おうか。こまっち氏が誰かかから(どこかから?)伝え聞いたところによると
「キムタクはヤマトでもキムタクだった」
というコメントがあったようだがこれには同意してもいいなと思った。まあ、監督のイメージとしてキムタクがそれだけ古代のそれに合っていると思うものがあったんだろう。悪くない。そもそも、原作の古代は18歳で、実写にするとこの設定にそもそもの無理がある。いきなり実戦経験なしで戦闘班長って。沖田艦の生き残りがいたんじゃないのか。
また、原作を忠実に実写化すると、古代のダメ加減が浮き彫りになるのでこれも無理だろう。

雪の立ち位置が大きく改変されているのが当初から物議を醸したが、雪と古代がデキる流れが根底にあるならそのほうが自然である。原作の何だかいつのまに感も嫌いではないが物語スタート時点では明らかに雪の方が軍隊の中では上位だったはずだから、そのまま映像にしたらむしろ不自然だったかもしれない。

ヤマト出発直前の地球の空気はむしろ実写のほうがリアルだろう。今まさに負けようとしているところにアニメのあの清潔感あふれる街は、今考えるとない。また、地下まで放射能で汚染される状況で地表に出たらそりゃあ即死だろう、というのが映画ではきちんと表現されている。放射能除去装置についても。

物語としてもまあまあ悪くないと思った。が。ガミラスがあれでよかったのか。オチが本当にあれでよかったのか。少し疑問だが。もちろんこの1点を以ってヤマトをダメな作品と断じる人はいるだろう。でも駅長は主砲と波動砲の発射シーンだけで気に入ったのでいいやあれで(逝)

まあ、日曜日を使った価値はあったかな。

清風堂書店で1月の新刊情報を採取。なんと鉄道漫画2巻だと。きよ○氏が描いてれば迷わず買い。描いてなければ内容チェックかな。
きよ○氏のサイトに後日掲載された情報では好評だったので再度寄稿とのこと。買いだな。

ヨドバシへ突入。
昨日の今日だがモニタ更新が既定路線。あらかじめ値段の確認がほぼできているので、残り限られた休日で更新完了まで持っていくために調達を優先。B1Fで液晶モニタを物色。
例によって迷った挙句に結局19インチのBenQ G920WLにした。値段は問題なかったが横サイズの問題が残り20インチ以上の製品の投入を断念。できればHDMI接続したかったが20インチ以上でないと製品自体がないようなのであきらめる。
あ、I-Oのテレビチューナ内臓のやつは18インチでHDMIがあったと思うがこれはこれでチューナ分高いので断念(逝)

帰宅して早速切り替えだ、と思ったけど遅くなったのでやめ(逝)これで週の前半は塩漬け決定である(逝)


12月20日
仕事ふにふに。数字に出ないところで忙しい。挙句の果てにバイク便飛ばして送ってきたダンプが読めないって何よ(逝)2110撤収。

B1Fまで降りたところでT氏U氏が中之島光のルネサンスを見に行くとかいきなり思いついて一人取り残される駅長(逝)あんたらどんだけラブラブやねん(逝)さっさと帰ろう。

といいつつ紀伊国屋書店へ突入しコンパス時刻表とか蛍光ペンとかボールペンとか調達する(逝)

2200の急行にちょうど間に合った。

今日は轟沈(逝)


12月21日
仕事ふにふに。ヘビーな案件がどさどさと。もしかして駅長の体重に関係ある?(逝)残業もざくざくつけて2130撤収。

轟沈(逝)

飯田線オフの前に四国に突入できるかが定まらない。明日はどっちだ


12月22日
いつものごとくBook1stへ寄ったら、青春鉄道2巻が出ていたので迷わず調達。ちなみに、あおはるてつどうと読むのが正解。

仕事ふにふに。2120撤収。だんだん遅くなってるよ。

帰宅して、青春鉄道を一気に読み切る。東海道新幹線の独善っぷりが妙なリアリティがあるわ最後に奇麗に落とすわで次にも期待だ。

……DVDつきがあるなんて聞いてないよ(逝)

難を言えば、キャラクターの見分けがつかない(逝)まあ、本物も帯の色くらいしか違わなかったり車輛は一緒で最初から区別されてなかったりするからそれくらいの方がいいのかもしれない(逝)

轟沈(逝)あ、サンデーとマガジンを調達するのを忘れてた(逝)


12月23日
0800サルベージ。

朝食後、ディスプレイ更新作業にはいる。
ラックからディスプレイを抜き取ろうと思ったけど抜けない(逝)ディスプレイが太ったのではなくラックがギリギリのサイズだったので、ディスプレイを置いてから天板を固定したことを思い出した(逝)

ラックごと隣の空き部屋に移し、ラックを解体する。天板を外して、samsungの17インチブラウン管モニタを取り出す。10年以上使ったんだからその前の飯山電機の15インチよりはるかに持ったって事になるだろう。

で、BenQのG920WLを設置。縦の大きさが小さくなったから天板の位置を再設定したら今度も入らなかったりする(逝)
で、天板の位置を下げるとともに、中板を取り外しモニタを机に直置きにする。そうしないと足が結構高いので今までよりさらに見上げる姿勢になりそうでしんどそう。

となるとラックを置く前にモニタの設置を行うべきだな。
ええと、旧モニタはBNCケーブルで接続、途中からPC切り換え器を繋いでいたから、まずここは交換だな。今は使ってないD-Subケーブルで太いのがあったから付属品ではなくこっちを使おう。

で、PC切り換え器だから当然キーボードとマウスも繋がっているがよく考えたらメインPCは可能な限り精度の高い接続をしたいからってHDMI-DVI-Dケーブルを投入したんだっけ。メインPCとモニタの間は二重に結線されるってことか。大丈夫かな。

……あーだこーだやってみたけど使えないことはないみたいなのでこれで行こう。もともとふだんはリモート接続するからサーバーとモニタの間は本来繋がってなくてもいいくらいなのである。

ラックを上からかぶせていったん退避させたものを載せる。結構ゴミが発生(逝)

まあいいや。モニタの表示設定を行う。今までよりやや縦に狭くなったが、まあ縦にフルの解像度を使うことも多くはなかったので問題はない。

そんなことをしていたら日が暮れた。見事な引きこもりホリデー(逝)


12月24日
朝の普通が9001Fだった。久しぶり。
出勤時に予定どおり聖☆おにいさん6巻を調達。

仕事ふにふに。こちらは全く予定通りにならず呻く事しきり(逝)2030撤収。まあ一昨日より早いけど。

ユニクロに行けたら行こうと思っていたのだけど、びみょーに遅いので断念。チノパン1290円は安いんだけどなあ。

帰りの急行がまたも9001Fだった。こんな日はあまりないので残り少しの今年、いいことあるかなあ。

帰宅して轟沈(逝)何か未練があったか0400に浮上(逝)自室へ撤収して寝直す(逝)


12月25日
1000起床。枕元にはサンタさんからのプレゼント、ではなく涎の跡な(逝)

掛け値なしにこの冬一番の寒さ。コートに裏地を合体させて真冬装備完了。飯田線が呼んでるぜ(逝)

整骨院ぴりぴり。胃と腸だけでなく十二指腸もだめだそうです(逝)

さんごちゃんを起動し母親と買いだしへ。
ユニクロへ突入。今年の新作暴風防風ジーンズが気になっていたのだけど、ブツがなくあえなくミッション失敗。しょうがないので飯田線用にヒートテックのタイツを投入。あとは1本が鬼籍入り直前の仕事用のチノパンを調達。

まさか土曜に轟沈するとは(逝)


12月26日
0800サルベージ。

午前中はだらだら過ごす。

CDをさくさくリッピングする。それにしても山本正之新譜男に咲く花は2枚組なのはいいとして、DVDトールケースなのはいただけない。大きいパッケージは嬉しくもあるが整理しづらいのだ。同様にDVDつきの神のみぞ知るセカイ10巻もこれ1冊だけサイズが大きいと本棚に収まらない可能性があり結構痛いのである。

昼過ぎにオートバックスへ出撃。 
いつもの天下一品で昼食にして尼崎のスーパーオートバックスへ突入。
目的はバッテリー。一応自己交換サイクルが2年で、年末に位置するのである。まあ、今回のバッテリーは結構上げちゃってJAFの世話になったし、交換でいいだろう。

店員氏にPanasonicのCAOSについて訊く。カタログをみるとオプションの残量メータシステムをつけると暗電流の検出もできるらしいのでこれはいいや、と思ったけどオートバックスにはこのシステムないとさ。だったら普通に良い、のでいいか。確かBOSCH製の80D23Lにした。ポイント増額と10%引きチケットを駆使し、今年一杯で消失するポイントを使って18000円ほどのお買い上げ金額。8000円ほど削ったからなかなかのものだろう。

作業終わったらまっすぐ帰宅。ガソリン入れなきゃなあ。

深夜、日誌ちょっとだけ更新。 


12月27日
仕事ふにふに。だめだこりゃ。終わってみたらメール7件作成ってどうよ(逝)ぐにゃぐにゃ残業してたら2200になった(逝)

帰りの電車から日誌データを送信しようと思ったらWS027SHがWMWifiRouterで接続してくれない。なんだこりゃ。
よく見たら、接続設定にオンラインサインアップ用のClubAirEDGE-0しかない。おかしいじゃないか。WILLCOM COREへの接続も消えている。再度オンラインサインアップで復旧したが、何だろうこの現象は。Advanced[es]ではこんなことなかったのに。

轟沈(逝)


12月28日
仕事ふにふに。目が回るも一応終わり。さらに明日の有給休暇もやっと確定。2045仕事を終えて、一足先に自席付近を整理して2120撤収。

東梅田へ出る。清風堂書店を冷やかして撤収。

今日も轟沈(逝)


12月29日
0730サルベージ。

朝食前に古雑誌の選別。何の雑誌かは秘密だ(逝)

整骨院ぴりぴり。明日まで診療してるって言われると、出発遅らせても良いなあとか思っちゃうよな(逝)

旅行で持ち出す機器の充電を開始。5日間の旅行になると補給が恐らく必要だろう。最近あまりないアルカリ電池の出番があるかも。

夕方、さんごちゃんを起動して母親のお供で買い出しをふにふに。終わった跡にガソリンスタンドで給油と洗車。って明日雨だっけ(逝)ま、いいさ。

いつもは行程をExcelでまとめてプリントアウトするとともに、SL-Cザウルスへ移動させて閲覧出来るようにしているのだけど、今年はギリギリまで経路もはっきりしなかったので作ってない。無理してでも作るべきだったかなあ。

SL-CザウルスをSL-C3000から1000へ運用変更。こちらもバッテリーがへばってきているように見える。 新年に新しいバッテリーを3000に投入してバッテリーを捻出するかな。


12月30日 長いのでご注意
0910起床。

残っていた準備をして、朝食後1020出撃。起きた時にぱらついていた雨も上がってくれたようだ。道中の傘は別に折り畳み傘を持っているが、家を出る時に降ってるとその傘を紐解くのが面倒なので捨ててもいい傘を持ち出すことがあるのだけど、それをせずに済みそうだ。

って、豊中駅までの間にぱらぱらと降りやがったけど(逝)

急行で梅田へ出る。
大阪駅中央きっぷ売り場の列に並ぶ。先に本日夜のサンライズ瀬戸の寝台券を高松乗車に変更するのだ。別に背水の陣を引く、というわけではなく高松まで行ってから変更できないことが発覚するようでは目も当てられない愚行になるからだ。まあ、寝台車というシステム上区間変更が出来ないなんて事はないはずだが、ここはちゃんとしておきたい。幸い、問題なく変更出来た。2820円の追加。これで、次のミッションはサンライズ瀬戸の出発までに高松へたどり着くこと、になる。

大阪駅5番ホームへ上がったら、11番線に485系の雷鳥が見えた。今までは当たり前にように見ることが出来て、そして、来年はきっと見ることが出来ない風景。

さらに下り新快速を待っていたら10番線に183系800番台の北近畿が入ってきた。これも来年の今頃は新型車両に道を譲り、見れなくなる風景となるはずだ。

1130発の新快速3231Mに乗り込む。座れそうになかったので運転台後ろにかぶりつくことにした。

乗り込んで、130km/h運転を堪能しつつ、行程を時刻表で検討しよう、と思ったら

時刻表忘れて来てる!(逝)

とんだ大ミスだ。

三ノ宮で結構な下車があった。出発するといきなり先ほどまでは小降りだった雨が本降りになった。運転士氏がワイパーを動かす。誰もいない助士側のワイパーも動くのは配線の都合かそれともサービスか。はたまたスイッチが入れっぱなしになっているだけなのか。
元町で新快速用新型の225系を見かけた。また無機化が進んだようなデザインな気がする。あと、JR東日本のE257系にちょっと似てるって駅長は思うのだが。

西明石を5分遅れで出発。何を待っていたかと思えば、この新快速の進路を横断して到着する上り快速が遅れていたようだ。

1233姫路着。信号はずっと進行現示だったが特に回復運転らしいことはせず4分遅れのままの到着だった。

さて、この先どうしようか。適当に下ればたどり着くのは分かっているけども手探りは怖い。手探りで行き詰まった時に時刻表があればリカバリも簡単だし。

まあ、ここは迷わず時刻表の再調達かな。。
確か以前来た時に南側にあった書店でいろいろ調達したような……

閉店してる!(逝)

と思ったら以前来た時にはまだ開業してなかった高架下の商業施設にジュンク堂書店が入ってたよ。コンパス時刻表を改めて調達。
1Fにあった無印良品で筆記具も調達した。

で、この先どうしようか。取り敢えずホームで姫路駅にやって来た新型はまかぜの189系と姫新線用新型のキハ127系を撮影した後時刻表をめくる。

最初は姫新線と津山線を回ろうと思っていたのだけど、接続が滅法悪い。津山に出てしまえば大丈夫なのだけど、ここから津山までで乗り換えの連続で4時間かかるとなると考えてしまう。

諦めて久々に山陽本線を下ることにする。
7番線にやって来た網干行は手前で打ち止めなのでパス。1336発の963Mで相生に出るか。

その前に何と信号機トラブルとやらで70分遅れになっていたスーパーはくとが到着し、通路に客をぎっしり詰めて慌ただしく出発して行った。

963Mは岡山の115系だった。京阪神以外で実施される塗装の単純化製作のため黄色1色だ。シックなデザインでお気に入りのリニューアル社のカフェオレ色も伝統の湘南色もすべて過去帳入りとなる可能性がある。

相生1357着で乗り換え。すぐに乗り換えの山陽本線下りは途中の上郡行なので1本落とし三原行の1321Mを待つ。

線路には氷が落ちてる。途中積雪があるのか?

1420定刻に折り返し1321Mとなる115系3連が到着。こちらもリニューアルされて車内が転換クロスになりその後黄色塗装になったものだ。
播州赤穂へ向かう新快速の接続を待って3分ほど遅れて相生を出発すると車掌嬢から放送があった。

やがて新快速到着。車内は満員になった。

相生を出ると車窓に雪が残る風景になった。結構降ったんだな。有年のホームにも雪が残っていた。ちなみにうね、と読む。

暖まったら眠くなったので素直に眠りに落ちる。
目が覚めたら瀬戸だった。車内は相変わらず混んでいる。隣の人は変わっていた。車窓の雪はほとんど消えている。また空には青空が戻った。少々もやっているがいい感じで晴れてるな。

1531岡山着。駅長も含めて大量に下車。先を急ぐなら、向かいのホームにいる117系快速に乗れば早く着く。

さて、どうしようか迷ったけど1546発の瀬戸大橋線児島行普通543Mにする。こちらはリニューアル115系でまだカフェオレカラーだった。

四国直通ではないので車内はのんびりしたものだ。車掌氏もきちんと乗車していてシートは快適、走りは国鉄時代、というある意味ぜいたくなひととき。

1607児島着。この辺りは天候は回復したようだね。

向かいのホームにいる213系2連の1659Mに乗り込む。初代マリンライナー用に国鉄末期に投入された車両だ。マリンライナーがJR四国5000系+223系5000番台に置き換えられた際に2連化されて岡山均衡のローカル運用に就くことになったようだ。

1611出発。
宇野線の茶屋町以南は、瀬戸大橋線開業とともにそれまでの支線とは名ばかりの大動脈から文字通りのローカル線へと凋落した。新幹線開業前は急行や特急が、国鉄末期でも8連クラスの長大編成を組んだ快速が引っ切りなしに走っていた路線である。現在は各駅停車のみが茶屋町以南を行き来する。それでも朝夕は岡山直通もあるから中央本線辰野近郊よりはましってところかなあ。
ところで、運転士嬢がかわいい(逝)いやそれだけだが。

宇野1634着。ありゃ、湘南色がいるぞ。しかもV字の塗り分けは113系ではないか。とりあえず撮影。京キトの表示があるから向日町から転属か貸出でやって来たのだな。どちらの理由でもいいので末長く活躍して欲しい。

さて、船旅がしたかったのだ。昨年の冬の飯田線オフで伊勢湾フェリーに乗ろうと思ったら強風で休航された恨みである(逝)今回は上京する用事が含まれているので、効率を考えて伊勢湾をわたるのは諦めたのだが、宇高連絡船の空気をなぞってみようと思い立った次第。
高校時代以来となる宇野への再訪も寂しさと変わりようを体感できるだろう、という目論みだ。

まあ宇野駅は連絡船在りし日の面影などこれっぽっちも残っていない。廃止されて23年近くなのだから当然だろう。

で、フェリー乗り場は駅から数分歩いたところ。ただし、高松への航路は四国フェリー宇高国道フェリーの2社が独立して運航しており、乗り場も異なる。

取り敢えず近い四国フェリーの乗り場に入ったが、乗船券を購入してから気づいたが真っすぐ宇高国道フェリーの乗り場へ行っておけばすぐに出発出来たのだな(逝)

上で独立して運航と書いたが、実際は1000円に値下げされた高速道路の影響を直接被っており、乗船券の共通利用可能や休日割引など、必死に経営を安定させるために模索中のようだ。

高松まで390円。わずかだが売上に貢献したい。
1705、折り返しのフェリーが到着して乗船。

あれ、60CSxの電源が落ちてる。どこで落ちたんだろう。電源を入れ直したら普通に起動した。

1720出航。待っている間に随分日が落ちてしまった。
α700をお供に展望台に上がって見る。テンションが上がって来たからか寒くないぞ。暮れなずむ年末の空に向けて何枚かシャッターを切った。

瀬戸内海とは言えさすがに風が強い日だ。湾を出て、瀬戸内海に乗り出すと頻繁に波を乗り越えた振動が小刻みに客室まで伝わってくる。
試しに展望台に出て見たら、吹き飛ばされるかと思った(逝)遠くにライトアップされた瀬戸大橋が見えてこれはこれでいい感じではあった。

1825、高松港到着。少々揺れたが、何、新快速はもっと揺れるぞ(逝)船内にあったテレビのニュースが伝えるところによると瀬戸大橋線は列車によっては乗車率200%にもなったらしいからこのルートでゆったり移動したのは我ながらクレバーな判断と言っていいだろう。自画自賛(逝)冬の潮風もまた心を洗うものである。

同じ船から降りた人に付いて行けばなんとかなるだろうとてきとーに考えて歩いたら高松駅が見えた。その手前に琴平電鉄の高松築港駅がある。なるほど。こういう位置関係か。

駅まで歩くところにうどん屋が見えた。めりけんやだから別に名店、という訳ではないけどまずいうどん屋が香川でやって行けるはずはない、とたかをくくり突入。

肉うどんを堪能。十分においしかった。

で、1900という時間にスーツ姿の二人連れがうどんと天ぷらを食べながらのんびりと仕事の話をしているのはやっぱり香川ならではの風景なのだろう。

1900店を退出。高松駅へ。
さて、サンライズ瀬戸の発車まで2時間20分ほどある。
ちょっと考えて高徳線で行って帰ってすることにした。

1915発の379Dで出よう。
戻りはギリギリに戻ってくる高松着2107の374Dでもいいけど、何かあったら取り返しがつかないから1本前の4372Dにするか。折り返しポイントは屋島かな。真っ暗な無人駅で待つのもあれだし。
高松駅は宇野と同じく連絡船就航時の面影は全くない。しかし終着駅(始発駅)として堂々のたたずまいだ。いい駅だね。

379Dはキハ47の2連。シートモケットこそ張り替えられているけど内装は薄緑でワンマン改造もされておらずなかなかの雰囲気である。まあ塗装はJR四国標準だけども。

車内でのんびり過ごす。取り敢えずタブーは寝ること(逝)
栗林で上り普通と特急をまとめて交換。

1941屋島着。源平合戦の里だ。資料館とかもあるようだ。といってもやっぱり無人駅だった。でも駅前はLEDで電飾されてて綺麗である。
駅前をうろうろして、2000発の4372Dで折り返す。車輛は1000系2連だった。後ろの1両は回送扱いで乗れないとさ。そういえば予讃線でもそんな光景の7000系を見たっけ。

1000系はキハ47よりも加速がいいな。まあ20年選手とは言え平成のディーゼルカーだから当然だけど。

栗林で岡山から海を越えてくる特急うずしお23号と交換、のはずだがこいつが来ない。こういうことがギリギリ乗り継ぎの列車で発生するのは極めて望ましくない。1本早く戻ったのは正解かな。1時間くらいなら高松駅でカメラ持ってうろうろしていればいいし。

うずしお25号は6分遅れて2015に到着した。

こちらも6分遅れて2023高松着。
いったん改札を出て、でっかいキオスクで時間をつぶし、2100に駅構内へ戻る。
サンライズ瀬戸は9番線からの発車だ。9番線から発車する列車自体の本数が多くないから早々に入線してくれると思ってたら狙いどおり2105くらいには285系3000番台がそろそろと入線してきた。
ちなみに3000番台の所有はJR東海で大垣電車区の所属である。但し普段は西日本の0番台と完全に同一に扱われており、0番台の所属する出雲電車区で検査も受けている。

今夜のねぐらになるソロは10号車。駅長の部屋は8号室だ。

狭っ(逝)

狭い狭いと噂には聞いていたが、今まで使ったソロの中で一番狭いような気がする。特に8号室を含む2階室。1階室はまだ靴を脱ぐスペースに少しフラットなエリアがあるが、2階室はそこが階段に充てられているためカバンによっては置く場所がない事態も有り得る。
今回持ってきたカメラバッグは幸い階段に安置出来たのでデイバッグはベッドの足元に置くことにした。こういう時は背が低くて楽である。

ところで。
この部屋コンセントが壊れてる(逝)電気が来てない。

最初につないだのがiPhone3GSだったので、例によってこちらの機器の問題かと思ったが、まだ空室のお隣さんのコンセントだとちゃんとチャージするので明らかに部屋側の問題。
部屋ごとにブレーカーがあるのかとも思って車掌氏にも訊いてみたが残念。ないようだ。廊下やフリースペースのコンセントは使っていいとのこと。しょうがないのう。

というわけで2126の出発はフリースペースにVAIO Xを持ち込み、その足元にiPhone3GSを充電しながら迎えることになった。
しかし、驚いたのはサンライズ瀬戸の後にあるマリンライナーからのぞみに乗り継ぐと新大阪まで帰れてしまうことだ。て事は当然サンライズに間に合うということでもある。

坂出で接続列車待ちで5分ほど遅れて瀬戸大橋線へ進入。8号室は残念ながら西側で真っ暗な瀬戸内海を眺めるに留まった。
それでも部屋の明かりを消して真っ暗にした部屋から眺める瀬戸大橋は寝台ユーザの特権でなかなか楽しい。瀬戸大橋に限らず、真っ暗な風景を真っ暗にした部屋から眺めるのはなかなか哲学的だと思う。

児島でJR西日本へ戻る。
取り敢えず岡山までは通路にあるコンセントで引き続きiPhone3GSの充電を続ける。もちろんその状態で部屋に引っ込む訳にはいかないので部屋に入り口にどっかりと座って日誌の補完を続ける。

ふと、まだ今夜の主が現れない空き部屋の中が見えた。入り口足下にスイッチらしき物がある。これ、ブレーカーでは。見えているスイッチは上側。この部屋には!あった!スイッチは下側で確実にこれ、OFFって書いてる!げし、っとスイッチをいれてiPhone3GSを繋いでみる。

電源、戻ったどー!(逝)

ブレーカー、あるじゃん。よくぞ見つけた。高松駅での車掌氏は責められないだろう。児島までの40分ほどを乗務するだけだからなあ。いやーほっとした。
と、ここで岡山到着のアナウンス。カメラを持ってサンライズ出雲との連結シーンを見物に出掛ける。ここで、7号車、つまり出雲側に乗ったのだが。

連結面のドアがいつまで経っても開かないよう(逝)ホロがあったし確かここ通れたろ?そもそも通れないなら自動ドアであるはずがないし。でもこのまま西明石までここでぼーっとするの?とドキドキしていたが岡山場内を出てしばらくしたところで錠が外されドアが開いた。

部屋に戻り、復活したコンセントからiPhone3GSとS21HTを充電開始。一安心したところで車掌氏が来るのを部屋の入り口で待ち構えてシャワーカードとタオルを所望する。

2300シャワーだけ先に浴びておこうと思い立ち、着替えてシャワールームへ。使用中なのでフリースペースで待つ。さっきまでここで子供が騒いでいたが今はいないって事はおねむの時間かな。

ちなみにフリースペースの横にある謎のデッドスペースは多分公衆電話があったと思われる。公衆のための電話、が役目を終える日が来るとはなあ。

で、フリースペースで待っていたら目の前でシャワールームへ入って行く親子連れ。ずっと待ってたんだけど。……いいけどさ。どこに並べって書いてある訳でなし。でも、風呂道具持ってここでずっと待ってたんだよチッ

ばかばかしいのでサンライズ出雲側の3号車へ遠征してみることにした。

……空いてる!寝台も空きが目だったからこれからの乗車も多いのだろう。ありがたくシャワーをいただくことにした。熱めのお湯をじっくりと浴びる。

ほこほこになって部屋に戻る。そろそろ三ノ宮か。
よし、寝よう。0015消灯。また明日。

編集段階でログを見て驚いた。60Csxは宇野で電源が切れていたどころか、大阪から屋島までのログがすっこり記録されていない。なんだこりゃ。だもんで今日はこんな感じ。なんか情報が変だな……。


12月31日 長いのでご注意
0615、寝台のアラームで起床。正直に書くとイマイチ寝付きが悪かった。何か寒かったんだよなあ。
これは空調の空気吹出し口の調整にミスがあったような気がする。さっくり閉じておけばよかったのか。閉じたら急に室内が暖まりだした。

揺れ、がこんなに気になったのも初めてだ。始発駅から乗るから眠気が来るまでに時間がかかったとか言う話かなあ。

横浜手前で60CSxがバッテリー警告を出した。宇野辺りで電源が切れてなかったら明け方に切れたのだろうか。横浜停車中に電池を交換した。

eneloopkairoを使ってNi-cd2連は充電を試みる。まあ、1時間ではどうにも出来ないところだろうけど。

WS027SHの調子が悪い。接続出来ずに切断、を繰り返すのだ。そのうちバッテリーがなくなって来るという悪循環である。再起動したら一時的に治るようだが、そんなに再起動ばかりしてられないぞ。

東京到着前の乗り換えアナウンス。東北新幹線新青森行列車を伝えるのが新鮮だ。

0709東京着。取り敢えず京浜東北線に乗って品川に向かう。別に品川でなくてもいいのだけど、駅前の分かりやすい場所にマクドがあったなあと言う記憶レベルの行動である。

というわけで品川のマクドで朝食。0800過ぎには食べ終わったので、SL-C1000を充電したりしつつ少し時間をつぶす。ここ、室内なんだけどどういうわけかドアが開け放してあり寒いんだよなあ。
あ、いかんいかん。日誌の補完をせねば。

0930品川駅山手線ホームであっぱく氏と邂逅。渋谷に向けて、外回り列車に乗車して渋谷を目指す。
渋谷駅でよねっち氏と邂逅。おひさしぶりですー。

では、ということで、ゆうきまさみ展のPARCOへ向けて進撃。

……迷う(逝)

気を取り直してPARCOへたどり着きゆうきまさみ展へ。ここでkikuyan氏と邂逅。お久しぶりです。
なつかしいイラストに加え、30周年を祝して同業の作家さんから送られたイラストが並び楽しい。

記念グッズもあるなあ。ガチャガチャに挑戦しかぶりまくる(逝)まさか3回連続で同じものが出るなんて(逝)
ステッカーとかいくつか調達。

2色カラー原稿の複製も売ってたけど、19800円は衝動買いするには微妙だったのでなくなく見送り。いや、でも究極超人あ〜るの好きな回だったんだよなあ。買わないと決めたはいいがちょっと、いやかなり後ろ髪(逝)

撤収して秋葉原を目指す。渋谷駅に着いたら、立て看板が。

仮面をかぶり路上ライブをしたって(逝)

新宿経由と山手線経由を天秤にかけて大して所要時間が変わらないということで山手線内回りをチョイス。

秋葉原で夜歩き氏と邂逅。
あっぱく氏行きつけのカレー屋さんで昼食。ナン2枚でおなか一杯になったよ。

で駅長の秋葉原訪問の理由(他の方は違う理由があったかもしれない)によりとらのあなへ(逝)
電車でD31を無事調達。黒ひつじ4はなかった。とらのあなの扱いは近年電車でDのみに偏りつつあるってきよ○氏が言ってたっけ。

秋葉原駅で解放されMO−2氏と2名編成となり東海道線を下ることになる。
「どうやって行こう」
「来た奴で」

うむー。駅長は乗り換えしない方が好きなので、熱海乗り換え1回で豊橋までたどり着くルートを提示してみたのだけど却下されてしまった(逝)

東京駅で、ちょうど快速アクティーが出発間近だったのでSuicaグリーン券を調達して乗り込んだ。1332発の3761Mか。

品川で車内放送。
「戸塚・大船間で電車から異様な音がしたため点検中です」
とのことで7分遅れた。来た電車で行く、というMO−2氏の方針は慧眼だったことになる。

いい天気だ。国府津あたりから車窓左手に現れる海はいい感じで穏やかである。

MO−2氏に電車でD最新刊とゲームの再現データを見せる。受けた(逝)

2分遅れで熱海着。
すぐ接続の電車にはすごい列が既に出来てる。もちろん見送り。

1本落とし、1540発の455Mで行こう。
わ、こいつ211系5連だ、ってことはトイレなしだ。まあ、この混雑だとトイレに行くどころではないけれど。

すごい混雑だったのは静岡を出るとやっと和らいだ。車内ではずっと寝ていたのでよく覚えてないけど(逝)1818浜松着。

トイレにすごい列。まさかみんな熱海から乗り通したの?

で、豊橋に入るかそうでないかを考えてここで夕食にすることにした。
駅前をうろうろした結果ロイヤルホストへ突入。長居しても気兼ねないのはありがたい。

VAIO Xを取り出してぎりぎりに日誌更新完了。S21HTで通信してたけど今回は結構通信料行ったかな。もちろん上限には程遠いはずだが。

トイレでヒートテックのタイツを装着。あとはマフラーで年越し装備は完成だ。
2220迄粘り撤収。

浜松駅に戻ると豊橋行5985Mはもう入線していた。313系と211系の5連。オールロングシートだがまあ気にならないレベルだ。
2233出発。車内は空いている。だらだら過ごしているうちに2305豊橋着。

階上のコンコースに行ったら文市一家が既に待ち構えていた。こちらもご無沙汰です。坂行くんも千早ちゃんも元気そうだ。

コインロッカーへ荷物を預ける。実は上京中ここに荷物を預けてから東へ上ろうとも考えていたのだがサンライズの寝台券が取れてしまったのでこのラインは捨ててしまった経緯がある。

2320発の普通新城行567Mで豊川へ向かう。
文市一家は今日は名鉄のミュージックホーンを聴くために名鉄電車に乗りまくっていたとのこと。しかしミュースカイで中部国際空港まで往復し、なおかつパノラマスーパーに乗って1度もミュージックホーンは吹鳴されなかったそうで異様に残念そう(逝)リベンジ決定らしい(逝)

確かにそれだけ乗ったら1度位鳴る瞬間に立ち会えそうなものだけど。
また、青春18きっぷで名古屋いりする予定が関西の積雪に伴い新幹線ワープになった由。

2332豊川着。豊川稲荷まで歩いて山門をくぐる。
「いつもより来るの遅くなった?」
onoa嬢が言う。そうだっけ。でも言われたらそんな気もする(逝)

境内の列に並ぶ。これは昨年より確かに奥の方になった。人出が少ないのは確かだろう。列の増え方も昨年より緩やかな気がする。

カウントダウンして2011年へ。さよなら駅長の30代(逝)

本日のルートはこんな感じ
ロイヤルホストでうだうだしている間、MO-2氏はログの取得を中止していたのだけど駅長は電源入れっぱなしだった。結局のところ、浜松駅付近のログはごちゃごちゃしすぎて意味がなかった(逝)同じく品川駅付近もそんな感じだったので腰を落ち着けたときにはログ取得は中断した方がいいのかも。


コンコースに戻ります