過去の日誌1/1〜13
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1月1日長いので注意
無事お参りを済ませる。昨年よりも整然と列が進行した気がする。こちらも散逸を警戒していたのはあるけれど、そういうこともなかった。さて、おみくじとかは混雑してるので別の所で。

さあ屋台で食べまくりだ。まずはお約束の甘酒から。今年は暖かい、と言ってももちろん冬だし深夜だから、甘酒の暖かさはうれしい。甘酒のとなりの屋台でMO−2氏がじゃがバターを調達していた。こんがりとついた焼き目がきれいで食欲をそそるなあ。文市夫妻はギョーザドッグを。でか!(逝)
駅長はさらに鯛焼きをむしゃむしゃと。この辺で腹6分目位。この辺にしておこうか。満腹になると居酒屋に入る理由がなくなり凍えてしまう(逝)

0130、豊川稲荷を撤収、駅へ向かう。昨年と同じ運用なら0200前に駅に戻っても豊橋行はドアを開けて乗車出来る態勢にあるはず、という思惑。山門の前で昼食用に稲荷寿司を調達した。

……ビンゴ。9432Mはすでにドアを開けて待機中。それにしても駅に見向きもせずに踏切を渡る人の多いことよ。駅向こうに巨大な駐車場があるのだ。寂しいなあ。まあ電車の時刻を気にしないといけない初詣は確かに辛いと思うこともあるだろう。
そんなことを考えながら4人で2つのボックスを占拠して一眠り。

0255、気が付いたら9432Mは走りだしていた。昨年ほど車内は混雑しておらず結局4人で2ボックスを占拠したまま豊橋に着いた。
ほとんどは大垣行臨時の9523Mに乗り継ぐようだ。

駅長たちは駅前の居酒屋になだれ込む。昨年と同じ店。適当に頼んでくつろぐ。昨年顔を出してくれたかねなし氏は今年は断念するそうな。残念。

0500、閉店に伴い店を追い出されて、ローソンへ移動する。ローソンで暖を取ろうというのではなく、朝食を調達するのだ。パンを1個とお茶を調達した。

0540、豊橋駅に戻る。例年2番線では501Mになる119系2連が留置されており、始業点検をするのを震えながら見守る、と言う感じだが運用が変わったのか2番線には電車がいなかった。

今年は飯田線電車を待つ人もぼつぼついる、って言う感じ。隣の名鉄線の始発は中部国際空港行特急で、客のカッコが全然違っていて楽しい。

やがていつもの119系が2番線に到着。車庫で始業点検するんだから暖房を聞かせてやってくる、と思ったけどそうではなく車内はかなり冷えている。
0600、501Mが出発。取り敢えず暖かくなった車内で寝る(逝)

目が覚めたら東上で皆日の出に向かってカメラを構えていた。遅れて駅長も続く。いい天気になりそうだ。

げ。雪景色だ。下車駅の田本が雪に埋まってやしないか。ちょっとどきどき。

0855田本着。けっこう曇ってるな。例年、静かでよく晴れて暖かい田本、という感じなのに。雪は人の通らないところには残ってるけど歩き回る分には問題なさそうだ。

駅前ロータリー(逝)に行こう。荷物は待合室に置いて、山道に分け入る。ところどころ凍っていたりして歩き辛い。ひーひー言いながら県道にたどり着いた。飲み物を調達して一気飲み。

すぐ近くに田本神社がある、というので言ってみる。こぢんまりとした静かな神社だった。お参りをして、ホームへ戻ろう。

下りは楽か、と言えばそうではない。足元が不安定な所もあるから油断したら転ぶし下手すれば崖下だ。さくさくと落ち葉や苔をふみしめて下った。

乗車する上り534Mは1019発。ホームに戻ったのは1014だった。あぶないあぶない。

534Mで2駅戻って為栗で下車。昨年と同じパターンだ。
吊り橋を渡って駅近くの河原へ行く。

河原に降りる時に駅長が足を草に引っ掻けた。いかん、と反射的に足を引き抜いたから転びはしなかったものの、びし!とふくらはぎに激痛が。
……足釣ったー(逝)

1年ぶりの河原には足跡が。これ、熊の足跡じゃないの(逝)

明らかに鳥とおぼしき足跡も。
「熊と鳥が戯れたんだぁ」
文市夫人が言った。リラックマかい(逝)

1本後の電車にするか、もう1本後にするか相談。もう1本落とすと1322で2時間寒空の下で時間をつぶすことになる。体力が持つかどうかの相談、という訳だ。

元善光寺はどうだろう」
文市氏が言った。ふむ。時刻表をめくると元善光寺で2時間とっても天竜峡に1700までに戻ってこれる。
「いっすね。行きましょうか」
というわけで河原を撤収して駅に戻る。熊に出会わなくてよかったよかった(逝)

1128発飯田行511Mで天竜峡まで。天竜峡で7分乗り換えで1429M。ワンマンだった。
寝ていて起きたら車窓が銀世界で驚いた。天竜峡付近は雪がちらついている、という状況だったけどこっちは完全に積もってるよ。

1234飯田着。ここで接続列車がなくなるので駅前でうだうだする。
遊牧館の飲むヨーグルトを調達、濃厚な味を堪能する。

GX100の2個目のバッテリーが切れた。低温が原因で航続距離が短くなっている可能性もあるがどうにもなんか変な気がする。取り敢えず緊急用のeneloop2連を投入する。持っててよかった。

ユニーへ文市氏が遠征したけど飲むヨーグルトの大瓶はなかったらしい。残念。

1331発の243Mで元善光寺へ。3駅なのですぐだ。
元善光寺で下車した人はほとんどが元善光寺参りのようだ。また、クルマでくる人もやっぱり多いみたいで駐車場待ちのクルマのために渋滞が起きていた。
山門前から流れが滞る。急な階段で何かあれば大惨事、という所だろうけど、整然としたもので押し合う人もいない。

お参りを済ませた後に戒段参りとかいうのがあったのでやってみる。暗闇の中に何かあって触れると御利益がある、って事らしいのだけど本当に何かあったの?(逝)

人は多いけど屋台とかはあまりない印象だった。
門前で売っていた元善光寺饅頭と座光寺饅頭。文市夫妻とMO−2氏が食べた。どっちもおいしいらしい。駅長はおなか一杯なのでパス。

駅に戻ったら554M天竜峡行が目の前で出て行った(逝)1時間待ちだよ(逝)で。時刻表をめくったら、下りの245Mで伊那大島まで行って15分の余裕で上り230Mに間に合うことが判ったのでそうすることにする。

伊那大島は駅から南アルプスがきれいに眺められる駅。
やってきた230Mは313系1700番台だった。時刻表をみるとあ、長野発なんだこれ。

車内は静か。文市氏も奥さんもMO−2氏も爆睡中。駅長は寝そびれたのでもぞもぞする(逝)

この電車、飯田で40分待ち(逝)なんだそりゃ。もともと乗客も少なく、非常に静かだ。喉ももう乾いてないしなあ。退屈である。取り敢えずカメラを持って駆け回るも時間が余る(逝)

ホームで何枚かシャッターを切ったら、eneloopの電源がなくなった。もともとGX100の単4電池は緊急用としての位置づけしかない。こんなものである。2編成用意しておいてよかったよ。

1620に後続の上り電車が到着した。なるほど。この電車の客も拾えるようになってるのか。但し乗り継ぎ客はあまりいなかった。元旦だからかも、知れないけれども。
1622、出発。30分足らずで天竜峡に着く。

1647天竜峡終着。この313系は恐らくもう一度岡谷を目指して走り、明朝上諏訪より7時間かけて飯田線を豊橋まで下るのだろう。

さて、本日の宿、龍峡亭は天竜川の向こうにある。以前、飯田線オフと銘打っての旅を始める前に天竜川の川下りをしたことがあり、その時に川を渡ったけど、そう遠くへ行った訳でもない。川を渡るのは実質初めてみたいなもんだ。

橋から下流を眺める。川にせりだした建物が1件。あれが多分龍峡亭。景観は折り紙付きのようだ。

天竜峡遊歩道をぽくぽく歩く。もう薄暗いので風景を楽しむという訳にはいかないのが残念だ。
着いた。龍峡亭。こりゃすごい。

女将と若女将のお出迎えだ。わぁ何か場違いかも(逝)

部屋は2Fだが、フロントは3F。頭にいれておかないと何かの時に間違うかも。

部屋に入る。たたきがあって、次の間が……広い!なんだこれ。次の間だけで4畳半くらいあるんじゃないか。
で、部屋の中。さらに広い(いやそれは当然か)。面倒だから畳の数は数えないがでんっと大きい炬燵が。
「いいなあ。」

障子を開けると川。まさに絶景。こりゃ、確かにいい値段だけのことはある。恐らくすべての部屋がこのように川に面しているのだろう。

ひょえーひょえーと感動していると女将が登場、お茶をいれてくれた。それだけでも場違いである(逝)
お茶をすすりながら各バッテリーの充電開始。丸2日行動していたので、60CSx用の2連とGX100用のDB-60、eneloop単4の充電は必須である。

夕食を1930からにしてもらったので、時間がある。お風呂に行こうか。
MO−2氏と浴衣に着替えて風呂へ行く。風呂は同じフロア、2Fだ。

天竜峡の温泉は新しくまだ20年程度ものだ。意外と言えば意外であり、時期的に凋落していくのも無理はない程度の歴史、であるのかもしれない。温泉はラドン温泉と呼ばれる放射能泉で無色無臭、さらさらとした湯が特徴だ。

なお、龍峡亭の温泉は24時間入れるとのこと。ただし女湯と男湯の入れ替えと清掃を2100-2130に行うとのことで、このタイミング以外だったら夜中でも入り放題だ。

脱衣場の電気が消えていたので電源投入。
「ん……床が暖かい!」
床暖房が入っている脱衣場なんて初めてだよ。

温泉を堪能する。ほどなく文市氏もやってきた。
「MO−2さん、この温泉飲めるよ」
「あ、ほんとだー」
飲泉用の蛇口から生暖かいお湯が湯船に注いでいる。天竜峡温泉の源泉の温度は30℃台で低いのでこの温度なのだろう。味は特にしなかった。

温泉から上がって、部屋に戻る。今日の宿泊客はどれくらいなんだろう。本来先客がいてもいい時間帯なのに風呂が無人、というより消灯されていたことを考えるとかなり少なそうだ。

のんびりしていたら内線電話が鳴る。夕食の準備ができた、とのこと。303号室へ、と言われた。空いてる別客室で夕食か!豪勢だなあ。

303号室へ移動してまたも驚いた。なんだこの豪勢な料理は。
お品書きがある!

しかも、基本的に海の物が並んでいない。こりゃあこだわりだ。鯖寿司があるけどこれは天竜峡が塩の道で海のものはこのような保存食があった、と言うことだろう。
「しかも、まだ何かくる予感が」
MO−2氏が言った。
「だって、これ」
テーブルの真ん中を指さす。明らかに鍋がおけるスペースと鍋敷きらしいもの。

うはー。
びびっていると文市夫妻もやってきた。
飲み物はウーロン茶でいいや。最初から食前酒にまたたび酒が出ているのでそれでもう十分である。
それでは、ということで乾杯。

鯉のあらい、美味煮、どれも臭みが全然なく、絶品だった。
やがて、鉄鍋で豚肉の味噌煮がやって来た。これもまた美味。その他、見たこともない茸とか苔とかの料理が一杯出た。すげ。

満腹、と言うか苦しい(逝)2030に部屋に戻る。
部屋に戻ったら、明日の食事の部屋の案内が手書きで。すごいなあこのシステム。高いだけのことがある。

食後の温泉に行きたいけど、もうすぐ風呂が清掃になるので2130まで待たねば。
待たねば。

うがー眠い(逝)満腹になったら凶悪な眠気がやってきた(逝)そりゃ昨夜まともに寝ていないから当然なのである。

取り敢えず明日の天気くらい知っておいてもいいな。テレビをつける。
どこも特番ばかりでニュースになる気配がない(逝)適当に地元のケーブルテレビにしてみる。

テレビ年賀状だー。妙なおもしろさがあるな、と眺めていたら、MO−2氏が轟沈した(逝)
うがー。温泉だもの。頑張らねば。考えていたら駅長も沈没(逝)しかもふとんの上で沈没した(逝)いやいやそれはもったいないだろう(逝)でも意識がなくなった(逝)

0040目が覚めた(逝)照明もテレビもつけっ放し(逝)充電器にセッティングしている電池を交換しておく。ごそごそしてもMO−2氏が目を覚ます気配がないので、一人で温泉へいく。
真っ暗な脱衣場と浴場に明かりを灯す。長湯はする必要がないのでのんびりと浸かり、部屋へ戻ってきた。

テレビでは自転車レースをやっていた。隣の部屋でもこれを見ているのかなーとかちょっと思った。

0130頃に汗が引いたので照明を落として、寝る。
またあした。

本日のルートはこんな感じ


1月2日 長いので注意
0620携帯電話のアラームで目が覚めた。同じ音でMO−2氏も起きた。まあ朝風呂に行く話はしてたので問題ないだろう。

聞くと、駅長が布団にもぐった0120のあと、0140頃に起きたようだけど、駅長にはそのくらいには熟睡していたようで記憶にない(逝)

朝風呂。
風呂から上がったら文市夫妻が風呂に行くところだった。昨夜は部屋に戻ってそのまま沈没したらしい。それが普通かなあ。

0800朝食。朝から豪勢だなあ。道の駅信濃路下條へ行くことを考慮して抑えめに。3杯飯が2.5杯飯(逝)

食後、サイトで調べた通りかどうかを確認するために道の駅信濃路下條へ電波。
「おそばを食べることができるのが1000からになりますー」
うん。それはOK。で、遊牧館は?
「あ、遊牧館は明日からなんですよ」
えー。サイトには1/1のみ休業って書いてたやん(逝)そりゃないよ。休業日が書いてないのに勝手に期待して行くのはこっちの責任だけど休業日以外の日に休むのは勘弁して欲しい。サイト表記を即刻修正していただきたいところ。

文市夫妻に相談したところ、道の駅へ行くのは見送りとなった。文市夫人にソフトクリームを食べて欲しかったんだけどなー。

じゃ、赤門やさんに行くか。時計を見て、時刻表をめくる。
……1055まで90分近くなーい(逝)しまったー。

しょうがないのでまったりして1010、出立。
いやあ、龍峡亭、気に入った。と言うかこれ以上天竜峡から宿がなくなるのも正直困るのだ。駅長の宿泊経験では最高にハイスペックな宿だった。また来よう。

出立時に女将さんから天竜峡遊歩道のルートを教えてもらう。昨年の温泉宿舎天竜峡と、昨日龍峡亭へ来た時に一部歩いたけど薄暗かったのでよく判らなかったんだよな。
「この階段から近道ですんで」
女将が教えてくれた。んじゃ行きましょう。

……この階段きつすぎ(逝)がっつり疲れを癒したはずなのにあっと言う間に両足が鉛のように(逝)

なんとか上り切ると普通の道。りんご園がある。この先に泊まるかどうか思案していたペンションがあるのだ。で、下り。

うわ!絶景だ。澄み渡る青空。雪を戴いた山々。そして静かに流れる天竜川。こりゃすごい。天竜峡を通るようになってもう15年以上になるのだけど、この風景は初めてだ。これこそ確かに天竜峡だな。うん。

下ったところに吊り橋。この橋は昨日遊んだ為栗の吊り橋などと違って、揺らすと橋が左右に揺れるのでマジで怖い。

渡ったところに名水天竜の水。効能書きが怪しい(逝)味はまろやかだった。

少し上がって渓谷沿いに歩く。と、昨年泊まった温泉宿舎天竜峡へのルートに出た。へー。ここに出るのか。

まっすぐ歩いて天竜峡駅に着いた。1050。いい時間だなあ。
1055発の1427Mで鼎まで。2日の恒例、赤門やさんが目的地だ。

鼎まではすぐ。昼間は鼎は係員氏がいるのでワンマンカーの2両目からも乗り降りが可能だ。
赤門やさんは諏訪矢高神社のとなり。神社への階段をえっちらおっちら上る。文市氏は走る(逝)

上り切って赤門やさんへ。
ごあいさつしてまずは物色。甘酒をふるまっていただく。店内は温かいけどやはり温かい飲み物はうれしい。ありがたく頂戴した後、持ち帰り、自宅へ発送取り混ぜて注文。
赤門やさん注目の期間限定商品は「おーさむこさむ風越山[やま]から小僧が飛んできた」である。柚子きんとんと山芋プリンとあずきかぼちゃの組み合わせ。これもオーダー。
美味!やっぱり赤門やさんのカップものはハズレがない。

いろいろ調達して、撤収する。駅まで同じルートをぽくぽく歩いて戻った。

鼎発1323の243Mで田切を目指す。昨日と同じ電車。2両目に空席があったので陣取る。車内で赤門やさんで仕入れたお菓子を昼食代わりにぱくつく。
注目の赤門やさんの干支菓子はお蔵にどっさりこ。米俵にネズミが乗っている意匠で、かわいいデザインである。中はなんとキャラメル餡。おなじみ秋葉街道はくるみ入りのつぶ餡と、同じあんこでもいろいろバリエーション豊富で飽きない。
もちろん赤飯万十も食べた。できたてはふかふかでとてもおいしい。
さらに、前回URO2で訪れた後に新作お菓子が出ていた。
その名もカネト。飯田線の前身、三遠南信鉄道の測量技術に尽力したアイヌ人、川村カネトが由来だ。地元では合唱劇になっていてイベント時に上演されていたりするようだ。ただ飯田市内では昨秋の上演が初めてだったようで市制施行70周年と飯田線全通70周年を記念してのイベントだったことから赤門やさんもチケットを扱ったりしたらしい。それを縁にして、新作お菓子が誕生したという訳である。電車を模した焼き菓子。「飯田行」とサボを模したシールが貼ってある。針金の装飾にはカネトと商品名を表すとともに、タブレットを模しているそうな。
そりゃあ、リアルではない。でも、飯田線への愛情に溢れているお菓子だなあと思った。

ちなみにカネトの合唱劇は時期がちょうど日曜日の鉄道の日の10月14日に開催された、にもかかわらずJR東海はイベントを共催とはしなかったらしい。何か事情があったのだろうと思いたいが今一つ釈然としない物を感じる。

線路から道の駅いいじまが見えた。コメリの看板が見えたからもしやと思ったんだがビンゴのようである。へえ。線路から見える場所なんだ。

1430田切着。
あれ?線路の西側の雰囲気がちょっと変わったような気がするんだけど。確か冬は盛り土部分に何も残らず下から丸見えだったような気がしたんだけど。

駅付近は雪がほとんど残っておらず、中田切川まで快適に歩くことが出来た。河原は雪が残ってはいるけど昨日心配したような雪に埋もれている状況ではなかったので一安心。

のんびりと時間をつぶす。カメラを構えて河原をうろうろ。石の上を注意深く飛び移る。どうもいつぞやのイベントからびびり癖がついたようで仕方ない(逝)というか、文市夫人は何でそんなに軽やかなんだろう(逝)

案の定、川にはまる(逝)幸い靴だけで済んだ。内部まで浸水してないので損害は軽微。あーそこの夫妻、落胆しないように(逝)

245Mを撮影してから駅へ戻る。
電車に乗る前に龍泉閣へ電波を飛ばす。明日泊まれますかぁ?
あっさりと取れてしまった。実際、ここに来るまでどうするか決めかねていたのだ。諏訪にもう1泊も悪くはないのだけど、大阪まで長丁場なのが一番痛い。

東京から夜行で帰るなんて案もあったけどそれもなんだかなあ。最終的に温泉に入りたい、という要求を最優先にして次に大阪に先着できるプラン、として龍泉閣を選んだのだ。朝の電車に乗れば夕方前には大阪に帰れるはず。

なお、予約の際、和室か洋室かを訊かれて、和室を選んだら
線路沿いですけどいいですか?」
と言われた。

願ったりだ!って言わなかったのは駅長偉い(逝)

やってきた1610発247Mが本日の最終行程。宮田でボックスシートに移ることが出来た。
アルプスにあっと言う間に日が沈んだ。空には明るさが残るが手前の風景はもう黄昏時である。

日誌の補完を進めるも集中力が途切れているのか、進まない(逝)疲れてるんかな。

247Mは上諏訪行なので岡谷で乗り換える必要がなく大助かりである。
下諏訪で下車、山王閣までぽくぽく歩く。1800まで参道が歩行者天国でまだ屋台が出ているな、と思ったら1800に合わせて店じまいするところがほとんどのようだ。

まだ時間もあるし、明日は朝から予定があるので先に諏訪大社へお参りすることにした。
おお、テレビでよくやってる賽銭集めの真っ最中だ。ここに5円玉を100枚とか投げ込んだら迷惑だろうなあ(逝)

おみくじ。罰当たりなことを考えたせいか、よくない(逝)末吉だったのだけど明らかに運気下降中の文言ばかりでちょっとへこむ。これだったら凶のほうがマシ、なんて思ったのは初めてじゃないだろうか。

山王閣に到着。
うわ!レイクビューじゃない部屋は狭いぞ(逝)まあ1月2日だったらもっと早く予約すべきではある。

夕食前に一風呂浴びようということになり、MO−2氏と浴場へ繰り出す。
身体を洗ったら露天風呂、が定番。屋外に出たら階段を下るのだけど。

……凍ってるー逝)冷たい、のではない。凍ってるから油断すると滑るのである(逝)冷たいから一気に駆け降りたい、のだけど通常の摩擦係数を計上していたら間違いなく大惨事になるだろう。またの名をイベントという(逝)

当然だが露天風呂は少しだけ温度が低くて心地いい。もともと諏訪の温泉は源泉で50℃以上あるのだ。いかに適当な温度に冷まして給湯するかが持ち味みたいである。すんげー熱い旦過の湯、なんてのもあるし。

露天風呂からの風景は諏訪湖である。夜景がきれいだ。夏なら花火をしてたりするのだけどさすがに正月は静かなものだ。
「星が綺麗だー」
寒いのを少し我慢して空が見えるところまで身を乗り出してみると、星が鮮やかに見える。地表がこんなに明るいのに星が見える、というのは空気がきれいだし、なおかつ寒いということだろう。
「あと、昨日雪が降ったからってのもあるかも」
MO−2氏が言った。確かに。

お湯も夜景も星空も堪能して風呂から上がる。

夕食。いつもの夕食メニュー。それでも4杯飯(逝)いやー、止まらない(逝)
部屋へ撤収。疲れているがさすがに昨日よりは元気なようで、年賀状を書くことにする。あ、リーダー氏のアドレス、ザウルスに入ってた(逝)

2220になったので、再度入浴することにしよう。山王閣の風呂は2300までなのだ。MO−2氏は既に轟沈している。

2300、一応年賀状を書きあげたっぽいので消灯。
またあした。

本日のルートはこんな感じ


1月3日 長いので注意
2回ほど目が覚めた。昨日よりは眠りが浅いってことか。

0620、携帯電話のアラームで目が覚める。
もたもたと起き出して朝風呂に行く。

露天風呂への階段は昨夜にも増して凍っている面積が増えていた。ゆっくりと降りてお湯に飛び込む。ぬるめと思ったお湯はやっぱり温泉特有の勢いで熱が身体に入り込んで来る。
十分に暖まったところで内風呂に戻り、頭と顔を洗った。

文市夫妻と約束していた朝食の時刻は0800。風呂から上がったら0745(逝)
急いで売店で土産を買う。まあ家で自分で食べるものばかりだから一袋にまとめてもらう。
お土産っぽくないけどいいんですか?」
店員さんに言われた。包装だけでどうなるもんでもあるまい。中身がよいから駅長の土産物は評判がいいのだと信じている。

いったん部屋に戻り、着替えてから食事。
山王閣の朝食は和洋取り混ぜて(でも和が7割)のバイキングだ。適当に皿に盛る。

今朝も3杯飯(逝)ここで食べる納豆、美味しいんだよな。あと、お気に入りなのがそばの実なめこ。文字どおり、そばの実となめこを和えて味付けしたものなのだけど、お気に入りなのだ。今年はついに売店で同じものを発見したのでごきげんである。

満腹になって部屋に戻り、荷造り。
えーと、カバンがパンパン(逝)こりゃまずいなあ。紙袋が欲しいところなんだが。

精算して0850出発。
今日は儀像堂へ行くのだ。諏訪の誇る工業、時計の博物館だ。

文市氏の提案で今日は時計の組み立てをするのだ。20分で行うものから本格的なのは機械式時計の組み立てを行う6時間コースなんてのもある。今回はクォーツ腕時計の組み立てのみを行う45分コースにしている。これくらいなら駅長でも何とか(逝)
なお、事前にデータを送付しておけばオリジナルの文字盤とかも使えるらしい。これはこれで非常に興味があるところ。

0900からのコースは文市氏が申し込んでくれた駅長達一行4名のみだった。
まず、文字盤をセット。時針分針秒針の順に取り付けていく。書くのは簡単だが意外に難しい、というか不器用だと辛い(逝)とはいえ、小学生以上推奨のコースだけにリカバリの方法もきちんとケアされていて致命的な失敗をすることはまずなさそうだ。

なんだかんだで90分ほどかかって1030終了。なんとか使えそうなものができた。うん。これで4000円しないならまた申し込んでもいいなあ。なにせ、楽しかった

館内を一巡り。諏訪の時計工業の歴史も判って毎回楽しい。

ロビーでれんや氏と合流。諏訪在住だが昨日まで鎌倉にいたとのこと。会うのはえーと2年振位かな。おひさしぶり。

うだうだと話をしながら下る。コンビニで紙パックのお茶を調達。ペットボトルに移し替えるのだ(逝)

下諏訪駅まで下ると、あ、上諏訪へ行く上り電車が目の前で行っちゃったよ(逝)
さてどうしよう。普通を待つと50分待ち。特急はこのタイミングでは来ない。
「タクシーにしようか」
文市氏が言った。1駅だし。
ただ冬装備の5人。1台でどうか。迷っていたらMO−2氏が
「バスがいる」
と指さした。スワンバスと書いてある。諏訪湖周遊バスらしい。外回り、とある。
下諏訪から外回り、なら上諏訪駅に行くはず

車外のLED表示器をみるけど思い切り太陽が当たっていて見えない(逝)
よーく読んだらやっぱり上諏訪駅経由だった。バスに乗り込む。運賃は定額制で1乗車150円。これってJRで行くより安い。

駅まで国道ではなく湖岸沿いを行く。

バスの中でれんや氏からかりんについて話を聞いた。諏訪名物、あるいは信州名物として土産物店に並ぶかりん、今朝調達したかりんの砂糖漬けには「信州ではマルメロをかりんと呼ぶ」とあり、MO−2氏と
「では他の地方でかりんと呼ばれる物は一体なんなんだろう。あるいはかりんと呼ばれるものは地方ごとに違うものなのか」
という疑問が沸いていたのだ。
で、れんや氏によると、
「もともとかりんと呼ばれる樹木又は果樹は複数存在し、そのうちのマルメロが諏訪地方で多く栽培されている」
ということのようだ。さすがサイトで故郷諏訪についても研究しているれんや氏!と思ったら
「先日小学生の研究発表で聞いた」
んだそうな(逝)ビバ小学生!(逝)とはいえ、そういう研究発表もきちんと見聞きしているれんや氏はすごいと思う。

上諏訪駅は駅西側、諏訪湖の方に着いた。冬の飯田線オフでは定宿の諏訪湖ステーションホテルのすぐ近くだ。

駅東側のいずみ屋で昼食。みそ天丼セット。みそ天丼はさくさく美味。諏訪湖の名物てんこ盛りなのがいい。また、セットのとろろそばが見た目よりボリュームがあって満足。

食後しばらく歓談。
1415、店を出る。

駅まで行ったらやっとポストが見つかった。昨夜書き上げた年賀状を投函。仕事始めまでに着きますように(逝)

駅長は1433の普通長野行1541Mに乗る。帰京するMO−2氏は、と言えば1425、臨時のスーパーあずさ52号に空席を見つけたので急遽飛び乗って離脱することになった。お疲れさま。

駅長は予定どおり1433発の下り普通1541Mで出発。2駅先の岡谷で乗り換えだ。文市夫妻はれんや氏ともう少し歓談するとのこと。お疲れさまでした。

1541Mは結構混雑している。2駅だからいいや。立っていよう。きらきら光る諏訪湖を眺めた。
下諏訪に彩(いろどり)がいた。団臨だな。例年、お座敷客車だったのがついに電車に置き換えられたか。

岡谷で飯田行232Mに乗り換え。あれ?3桁の列車番号なのにワンマンか。ルールが変わったのか、と思っていたけど、辰野で車掌氏が乗り込んできた。なんのことはない、ワンマン仕様車が充当されている運用ならJR東日本区間である岡谷〜辰野間をワンマン運転するようになっているんだな。以前はワンマン運用で辰野に着いたらJR東日本の車掌氏が乗車して来る、ってことが何度かあったのだけど。

岡谷・辰野間は川沿いを走りいい感じの風景。普段飯田線オフで訪れる時は夏も冬も日暮れの後になるので見る機会が少ないんだよな。たまに通ると新鮮な風景だ。川岸で飯田線からやってきた119系普通と交換した。

岡谷から飯田線に入ったらさっきまでの好天から雪雲が頭上に出だした。アルプスは頂が雲に隠れているところもある。

北殿で下り普通と交換。ホームに出てみた。曇り空にはなってきているがさほど寒くもない。

宮田でも下り普通と交換した。のんびり過ごす。
宮田の次の大田切。宮田から乗ってきた若い男が車掌氏と押し問答。どうも無賃乗車らしい。駅長はホームと反対側に座っていたので声とか聞こえて来なかったけど、見ていたらなんと柵を乗り越えて逃げた
愚かな。

伊那福岡で下り普通と交換。昨日田切から乗車した247Mとの交換だ。

駒ヶ根辺りから雪がちらつき出したようだ。元旦の時のようなこりゃやばいかな?という降りではなく、雪雲から風に乗って飛んできたかな、というちら、ちらと言う感じ。

Ωカーブを再び越えて田切。南下を続ける。

カバンの中のお菓子類のうち、日保ちのしない赤飯万十残り1個を食べる。次は春かな。たった3カ月くらい先でしかないはずなのにとてもとても遠い日のような気分。

昨日と同じく茜色の空。アルプスの向こうにはきれいな夕日があるはずだけど、伊那谷はそれらを眺めることもなく急速にモノクロームの世界に溶け込んで行く。あと30分もすれば常緑樹の緑も新雪の純白も等しく真っ暗になるはずだ。

上片桐で下り普通と交換。JR東日本の115系だった。
元善光寺で下り普通と交換。飯田まで後少し。

1717飯田着。3番線ホームについて乗り継ぎの1512Mは向かいの2番線から。この旅行中跨線橋を越えての乗り換えがほとんどなくて非常にありがたい。ただ、飯田で降りる乗客の方が多いんだから1番線に入れるべきではないかなあ、と思ったりしてみる。

1512Mは5分乗り換えで出発。天竜峡行なので上諏訪から平岡まで3回乗り換えることになる。回数としてはちょっと多いほうか。

伊那八幡で下り普通と交換。313系だった。

日誌補完を続ける。この段階で2日分以上が残っており、今回も激遅れの予感(逝)

時刻表を確認する。終着の天竜峡到着は1750。乗り継ぎは566M豊橋行。そのまま乗って行けば2124には豊橋に到着する。驚くべきことにこだまの最終に間に合うのだ。新大阪が2330だからその日のうちという訳には行かないけど、いや、名古屋でのぞみに乗り換えればその日のうちに帰り着くことも可能だ。

がしかし。この566M。どこかでみた記憶が。次の最終豊橋行570Mはかねなし氏が夏の飯田線オフの際に帰宅のために使う電車。一昨年は駅長も乗車した。てことはこの電車ではない。

この。あの。どの?、と何を気にしているかと言えば夜になってから豊橋へ戻って来る電車の中に1本、トイレなし、単行の運用があると聞いたことがあるのだ。どれだっけ。上下合わせて、この上り1本だけ。

果たして1750、天竜峡2番線着。向かいの3番線から発車の豊橋行は。

……クモハ119の1両編成。しまった。これだったか。

クモハ119はワンマン仕様ではない。119系のワンマン仕様はすべて2連だ。車掌氏のいる旅情溢れる旅のはずなんだけどトイレがないってのは辛い。しかもあらかじめ判っていたのではなく直前に気づいた、のが痛い。

失敗だとはおもわないけど、不用意だったな。
トイレがない、と思うとなんとなく下半身がざわつくのは仕方ないところだろう(逝)

1805、566Mは出発。一昨日見た時には雪がちらつき、冬の風情だった車窓は真っ暗で何も見えない。

車内はと言えば各ボックスに乗客がちらほら。温田や平岡に行く乗客が多いようだ。

門島で下り電車と交換。4連だった。トイレだけくれ(逝)

田本。律義に停車してドアを開けた。ドアから顔を出すと律義に車掌氏が安全確認をしていた。顔を引っ込めたらドアが閉じた。

温田で数人が下車。駅前の食堂がもう営業していた。駅の下にある吊り橋がライトアップされていて綺麗である。

それにしてもSL-C860のバッテリーの持ちが明らかに怪しい。昨夜満充電したはずなのに今日昼過ぎにはもう半減のサインになった。バックライト最大にしていたとは言え、いくらなんでもなあ。

時刻表を見ると566Mの平岡の欄には1856とある。しかし、1つ手前の為栗に1835には到着したのだ。む。しまった。見落としがあったな。平岡で長時間停車する口か。他の電車の時刻を確認すると為栗〜平岡間はいずれも6分から7分間を要している。となると1842には平岡に到着すると見ておいた方が良さそうだ。

果たして、1842にやっぱり平岡着。下車。駅長以外もほとんど下車したようだ。あとは新城市内に入るまで乗車はないかもって気がする。一度乗り通してみたい気もするけど、明らかに修行電車だろうなこれ。

げ。降ってる。雪かと思ったけど違うな。これ、みぞれだ(逝)
構内踏切を渡って駅舎に入る。すぐ横がフロントだ。うん。改札口から5歩でフロントである。

夕食を2000から、朝食を0730からにした。もっとはやく朝食ができるなら1本早く出発もありかな、と思ったけど、朝食は0700かららしい。無理してもしょうがないし。

308号室に入る。
暖房されてないや。エアコンのスイッチを入れる。

障子を開けるとベランダ越しにさっきまで乗ってきた566Mが見えた。確かに線路側だ。いい場所だ。
荷物を整理する。洗顔料を忘れて来たかなあ。ま、いいや。

龍泉閣はやっぱりWILLCOMはおろか、softbank2Gも圏外である。auは圏内なのでたぶん他の3G携帯電話もちゃんと通話できるのだろう。

夕食前に一風呂浴びることにする。
風呂は4F。展望風呂だけど今の時間、例によって外は真っ暗。なお、龍泉閣のお湯は村内のおきよめの湯からタンクローリーで輸送されているそうだ。
風呂には地元の若い人がいた。

風呂から上がって一服してから夕食。
夕食は4Fの交流ホールで。……ん?以前来た時は1Fのレストランだったと思うんだけど。

4Fに上がってみたらスナックのようなレストランのような食堂のような。テーブル席で地元の人が宴会中。地元の交流拠点になっているようで、それはそれでひとつの姿なのだろう。

座敷に案内される。
メニューは。刺身にエビフライにコロッケに茶わん蒸しにオムライスにサラダに。うわー。和洋折衷すげ。それもまたよし、だな。
あ、これ、オムライスと思ったけど米じゃないなこれ。肉炒めに玉子がかぶせてあるみたいだ。

て事は米が出るんだろう。漬物もあるし。刺身とか食べながら待ってみる。……全部食べ終わっちゃった(逝)
お茶を飲んでたら
「ご飯お持ちしましょうか」
……遅!おかずないけどどうするんだ。

おみそ汁はあったけど漬物だけお願いする。漬物のお代わり、請求書に乗ってるかなあ(逝)
まあ取り敢えず米を食べて腹一杯になったので部屋へ戻る。

再度風呂へ行き気持ち良く暖まって来たら、踏み切りの音。お、到着電車だ。障子を開けてみると天竜峡方から119系が下り本線へ入線。伊那松島の行先幕になっている。て事は折り返しか。最終かな。

でも時刻表をみたらそんな電車、ないのである。平岡始発の伊那松島行というと翌朝の1番電車。で、到着する電車もない。て事は回送でここまでやって来たのだ。うーん、いくら客が少ないとは言え、回送はもったいないと思うんだけどなあ。見ている間に電車は車内灯を落として眠りについた。

後もう1本平岡で終着となる営業電車があるけどこちらはどうなるんだろう。
待っていたら2250、1541Mが平岡終着として到着。見ていたら、豊橋行の幕に変えて消灯した。こちらは明日の1番列車520Mになるんだな。

SA1F00で日誌更新作業を続ける。まあこちらは時間さえあれば、と言った状況だったし。なんとかこの旅の出発直前までは追いついた。

なら、寝るか(逝)また明日。

本日のルートはこんな感じ


1月4日 長いので注意
0545に目が覚めた。風呂に入れるのは0600からだから微妙に早い(逝)窓の外では1501Mが発車40分前だというのに明かりを灯して出発待ちの態勢に入っている。コンプレッサーがガラガラと準備運動中。この音で目が覚めたのか。

テレビをつける。あまり重要なニュースはないようだ。天気予報は悪くない。

0620に携帯電話のアラームが鳴る。その後やっぱり二度寝(逝)目が覚めたら0715だった。あぶないあぶない。朝風呂に行こう。
朝風呂は無人。のんびり、でもないけど湯に浸かる。

空は曇ってるなあ。まあ、雨や大雪でなければ問題はないだろう。

風呂から出て朝食に。朝食は1Fのレストラン、と言うか食堂。メニューは普通だな。しゃけがおいしかったのでお茶づけで3杯飯(逝)0800に部屋に戻り、出発の準備。荷物(主に洗濯物)を再度圧縮した結果、なんとかカバン2つで移動出来そうだ。

0815予定通りのタイムテーブルで2Fフロントへ移動、精算する。1泊2食の料金9900円に飲み物(ウーロン茶だな)200円を加算した10100円だった。

売店を見ると、あったぞ遊牧館の飲むヨーグルト。150mlを1個調達。

0827発豊橋行528Mに乗車。119系の2連。この電車はこの時点で3時間近く走って来ている。始発は駒ヶ根0545だ。始発の時点では1422Mで天竜峡から528Mになることから天竜峡までワンマンであることが想像される。

乗車率はそこそこ。まあ、豊橋行だから愛知県に入れば乗客も増えるだろう。
為栗、伊那小沢と下るにつれて空が青く済んでくる。この天気の移り変わりの激しさも冬の飯田線の魅力と言っていいのではないだろうか。
伊那小沢で下り普通、豊橋発0600の501Mと交換。4日前、乗車した電車だ。

三河川合で下り普通と交換した。
三河槙原でまたも行き違いだと言う。さっき交換したばかりじゃないか、と思ったけどやって来たのは伊那路1号だった。

大海で下り普通と交換。
本長篠あたりでWILLCOMが圏内に入ったのでかねなし氏に電波を飛ばしてみる。

茶臼山。かねなし氏が出勤ならこの辺にいるはず。でも見えなかった。

新城で混雑して来たのでカバンを網棚に上げた。下ろすのが面倒ので本当はいやなのだがわがままを通すシーンでもなかろう。
長山で下り普通新城行と交換。単行だった。たまたま見えた車番は5101で、昨夜天竜峡から平岡まで乗った電車だった。

1054豊橋着、と書きたいところだけど停車直前に1055発の新快速がそそくさと出発して行った所をみると1分ほど延着していそうだな。

取り敢えずトイレにだけ行って、次の快速の出発ホームである6番線に行ってみるとまだ折り返しの列車は到着していなかった。じゃ、これに座れそうだな。やって来たのは313系5000番台。6連固定の快速用編成だ。

座席を確保。車内は空いていたけど接続する浜松からの普通列車が到着したら座席がほぼ埋まった。
1107に快速2511Fは出発。大垣行なので乗り換えが発生するが日中は米原直通はないのでしょうがない。

蒲郡で完全に座席が埋まり、岡崎からは下車もあるけど立ち客も多く混雑した車内となった。こうなると荷物が多いと辛いんだよなあ。

名古屋で大量に下車。乗車もあったがほぼ座席定員と言った感じ。

1230大垣着。ここで1本落として確実に座る、という手もあるがこれをやると多分米原でも同じことが必要になるはず。この区間は乗車時間が短いので立って行こう。それで十分だ。米原以西の乗り換えに当たって必要なら1本落とせばいい。

225Fは5分の接続。以前この区間を利用した時、313系の2連になっていて混雑が激しく、閉口したことがある。
今回は311系4連だ。が、座席はあらかた埋まっていたのでかぶりつきで行こう。

関ケ原を過ぎると車窓に雪が。さすがに降雪地帯だなあ。

結構な混雑のまま1310米原着。目の前の223系に乗り込んで座席を確保……あ、これ快速だ。空いてるけど時間はかかる。しかもカメラバッグを225Fに忘れてきた(逝)ドアが閉まる前でよかったよ。久々に豪快な恥をかいた。小さな恥は毎日かな(逝)

1316に新快速3257Mが長浜から到着。7分停車か。土日ダイヤなら4両増結とかなのだろうけど今日はもう平日ダイヤだ。前の方が空いてるからああ座れるな、と思ったのに後ろの方は結構混んでやがる(逝)しょうがないのでドア横の補助席に陣取った。

彦根、草津とどんどん乗車があり、山科出発の段階で車内は満員になった。が、京都で大量に下車して行った。乗車もあったが先ほどのように混雑はしていない。まあ、大阪で大量に入れ替わるんだろう。

草津辺りで乗ってきた中学生、まさに厨房と呼びたくなるような感じ。うるさいから静かにしろ。連れが空いてる補助席に座るのはいいけどそいつのひざの上に座るな横のお姉ちゃんが怯えてるじゃないか。

挙句の果てに淀川をわたって
「これって大阪湾かな」
とか、HEPFiveの観覧車をみて
「ドンキの観覧車やろ」
だと。藁って入れればいいのかこの野郎(逝)

大阪でもちろん下車。サンマルクでカレーを昼食に。カレーで始まりカレーで終わる旅(逝)

ヨドバシでフィルムを現像依頼。え。3日後?うーん、そりゃ辛いなあ。以前は週末も処理していたのが、最近はしてないのか……。いよいよ処理量の低下がユーザーの負担になってきてるな。まめにヨドバシに行くようにしよう。

SL-C860の電池とかいろいろ調達すべきものはあるけど、今日はいいや。さっさと撤収する。

豊中からバスを使って1545帰宅。よい旅だった。

荷物の整理。
単3の4連は、5日(実質撮影していた時間を考えると4日半程度か)間の旅で問題ないんだよなあ。ならば今後も困ることはなさそう。
あ、かねなし氏がちゃんと茶臼山駅まで来てくれてたんだな。もっとよく見てればよかったよ。足労だけかけてしまって反省である。もっとも、電車に乗ってこれるわけでもないので仕事の邪魔をしてはいけない(逝)

デジカメ用のバッテリーと、SL-C860用のバッテリーは調達決定。互換バッテリーがあれば試してみるか。

夕食に早速、土産のそばの実なめこをもそもそ食べる。うん。これこれ。今度も買おう。

本日のルートはこんな感じ


1月5日
1100起床。ブランチにやっちまったよわんこ餅(逝)満腹になってプチ轟沈(逝)

……1日終わったー(逝)

さらに轟沈(逝)じ、時間泥棒だ!(逝)


1月6日
轟沈明け(逝)

バッテリーをどうするか考えた結果、ROWAからまとめて調達することにした。来週中くらいには届くんじゃないか。

夕方から母親の買い出しの手伝いのためにさんごちゃんを起動。ちなみに起動しなかったらお流れ(逝)
さいわい、弱々しかったがエンジンは息を吹き返した。買い物が終わってから給油しようかと思ったけど、ガソリンスタンドが混んでいるので後日回し。

日誌を細々と補完。しばらく遅れそうな空気(逝)


1月7日
仕事始め。全国的に流行する仕事いやだいやだ病の餌食になる。まあ、しょうがないよな(逝)

出勤中にZIG☆ZAG7巻を調達。そういえばコミックの新刊情報をまだ手にいれてなかったなあ。
会社到着直前に、デイバッグのストラップがびびびびっと剥がれて緊急信号状態に(逝)まだ首の皮1枚つながってはいるけどさてどうしたものか。

仕事ふにふに。い、いかん。これではだめだ。だめだ。もうだめだ(逝)
2125撤収。ここで豪快にイニシャルトークを繰り広げようかと思ったけどやめ(逝)

帰り、梅田駅のBook1stで新刊情報を仕入れることができた。今月はアオバ自転車店2巻がトピックかなあ。

帰宅。轟沈(逝)
数日前からなぜか猫が駅長のを定位置にしたので重い(逝)


1月8日
朝、阪急京都線が遅れていた。十三で会う快速急行は定刻に近かったようなのに下り梅田行が電車1本分丸まる遅れているようだ。どこで何が原因で遅れが発生したのか。

仕事ふにふに。霧のせいで広範囲に鉄道の遅れが発生しているようだ。が、それだと駅長が見た遅れの説明がつかない。いったいなんだったんだろう。
阪急組は定刻出勤だったけどJR組が濃霧の影響を受けて軒並み遅刻(逝)広域乗り入れは便利な反面1カ所でのトラブルが全域へ波及するのが問題ではある。
が、そんなこと首都圏でもとっくに起きているのでメリットに対するリスク程度のものだろう。

2130撤収、Y嬢とK氏と天下一品でラーメンをすすってから帰宅。
轟沈せずに済んだ。とは言え何もできない。ぼーっとして、寝る。


1月9日
今日は30分早出の日。電車が混んでるのでいやはいやなんだが。残業代だと思えば我慢できるよ(逝)まだ(逝)

仕事ふにふに。とても結果のでない1日(逝)
2120撤収。東梅田の清風堂書店に寄って帰ろう。堺筋線北浜駅へ。

……堺筋線の電車が来るのに5分、南森町で乗り換えて谷町線の電車が来るまで5分。接続、悪!(逝)

清風堂書店で物色ふにふに。ハヤテのごとく!のシールブックがどこにもなーい。本当に出てるのか(逝)

帰宅したらrowaからバッテリーが到着していた。まずは第1段階クリア。テストしてみないとな。

でも轟沈(逝)


1月10日
やっぱり年明けいきなりの4連勤はしんどい(逝)

仕事ふにふに。なんかしんどいぞー(逝)2145撤収。

帰宅。轟沈(逝)明日は休みなのに。


1月11日
0800サルベージ。

さんごちゃんを起動させて、猫を医者に連れていく。バッテリーはまだかかった。毎回ひやひやものである(逝)

いったん帰宅、昼食後に梅田へ向けて出撃。

清風堂書店で2月の新刊情報を調達。鈴木みその新刊の2冊同時発売がトピックかな。

ゲーマーズへ行ってみる。あ、アオバ自転車店2巻が出てる。調達。ハヤテのごとく!シールブックも調達。
テレカに負けて福袋まで調達(逝)

でも今日は福袋を調達するために梅田へ来たのではなく、現像依頼していたポジを回収するためなのである。
というわけでヨドバシへ突入。

うわー!α700のポイント還元が5%アップしてる(逝)危うく気を失うところだった(逝)

ポジを回収して帰途に就く。
通勤用のデイバッグが粉砕寸前なので調達しておきたかったのだけどさっきまですっかり忘れていた(逝)第4ビルのバッグ屋に行くべきだったんだが。

梅田に着いたころから雨が降り出していたのだけど、傘を開くのが面倒なのでバスで帰る(逝)

帰宅して福袋開封。

……微妙に負け風味(逝)この内容ではかねなし氏に丸投げする訳にもいかないなあ(逝)

なんとなく夜更かし。あ、明日仕事だった(逝)


1月12日
眠い(逝)

出勤中にハヤテのごとく!14巻を調達。

仕事ふにふに。何かやりたいことができないまま終業(逝)2000撤収は遅過ぎ(逝)

阪急三番街へ突入したのはデイバッグのためだったのだけどやっぱりこのようにおしゃれな店では見つからないなあ。コーナンとかで調達するかなあ。

頭痛がする。なのに轟沈(逝)


1月13日
轟沈していたら人の腹の上で寝ていたネコが吐瀉(逝)ちょうどいいので自室に逃げ帰る(逝)

朝になっても頭痛が治まらないので風邪薬ではなく鎮痛剤を服用してみる。

出勤。仕事ふにふに。午前中は調子が悪くなかったが鎮痛剤を飲まなかったら午後になって急降下(逝)
1900に撤収も寄り道する気力もなく豊中へ。いや、歩く気力もなくバスで帰宅。

帰宅して検温したら37.8℃出た(逝)久々に数値として熱が出たよ。
寝る。喉が痛い。


コンコースに戻ります